ACPが成り立たない時

秋もだいぶ深まってきました。天気が悪い日が多いのが残念です。

 

さて今回はまたACP(Advance Care Planning)について考えてみます。

在宅療養支援においてもACPの重要性は明らかです。人生の最終段階のケア(end of life care 略してEOLと言います)を行うことが多い在宅療養の現場は、まさにACPの発揮どころです。

 

ACPに確固たる定義があるわけではありませんが、欧米で広く認知されているものに欧州緩和ケア学会(EAPC)の定義があります。日本語訳を記してみます:

『ACPとは、意思決定能力を有する個人が、自分の価値観を確認し、重篤な疾患の意味や転帰について十分に考え、今後の治療やケアについての目標や意向を明確にし、これらを家族や医療者と話し合うことができるようにすることである。』

 

冒頭に『意思決定能力を有する』という大前提が明記されています。ということは、すでに意思決定能力が低下した方のACPは成り立たないということになります。

 

訪問診療というのは、『医療機関に通院することが困難な方』を対象にしています。通院するのが困難な状態とは、病状が重くいつも体調がすぐれなかったり、身体機能が低下していたり、というような状態を想像されると思います。その通りです。そして身体機能低下とともに認知機能すなわち意思決定能力が低下していることも少なくありません。

 

われわれ訪問診療医が患者さんと初めてお会いするとき、すでに患者さんの意思決定能力が低下している場合があるわけです。そうすると、本来の意味でのACPは成り立たないわけです。

 

 

では、そのような場合はどうすればよいでしょうか?

理想的には、訪問診療に移行する前にそれまでの担当医との間でACPが行われていればよいわけですが、現状ではなかなかありません。代理意思決定者が認定されていればよいですが、事前に認定されていることはほとんどありません。

 

本来の意味でのACPは成立しなくても、ACP的なことは行わなければなりません。何らかの同意のもとで今後の方針を決めなければならないのです。

当院では初回訪問時に主介護者(通常は近親者・家族)に対し、本来の意味でのACPが成立しないということをまず説明します。そのうえで代理意思決定の方法を検討します。

まずは主介護者が代理意思決定者になりえるかを問います。強制はしません。

代理意思決定者になってもらえる場合はその方に対し、患者さん本人がお元気だったころにどのように語っていたか、どのような信念をお持ちだったかを回想してもらいます。それをふまえて、「患者さん(お父さん、お母さん、旦那さん、奥さんなど)は今どのようにしたいと思っているでしょうかね、どうしてほしいと思っているでしょうね」という質問を投げかけながら方針を決めていきます。

 

介護者さんから「そんなことはわからない」という返事が来ることもあります。その場合は次のステップに進みます。「では、あなたが患者さんの立場だったらどのように考え、どうしてほしいと思いますか? それをもとに方針を決めていきましょう」とお伝えします。

そして、「介護者(息子、娘、配偶者など)としてのあなた自身の患者さんに対する思いは、方針決定に際しての重要度は低いのです」と付け加えます。気分を害することもあるでしょう。それでもここは非常に重要なポイントだと思っています。

 

そんなわけで、本来的な意味でのACPが成立しない状況においても、ACP的なもの(ACPもどき?)をその都度行いながらプロセスを歩んでいくことになります。どのような状態にあろうとも、ご本人の意思が最優先なのですから。